現代社会論

豊かで便利な現代社会が、少しづつ歪んできたことは誰でも感じているはずです。この国が世界に対して何を発信し、何を残そうとしているのか、思いのほどをさまざまな側面から書いてみようと考えました。

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アメリカ住宅バブル崩壊は犯罪行為だ

サプライムローンによるバブル崩壊で世界中の株価が大暴落した。1929年の世界大恐慌以来の出来事で、このあと世界同時不況の可能性もある。

なぜこのようなことになったのだろうか。
そもそも、このような状態になることはアメリカ当局には分かっていたはずだ。財政赤字、貿易赤字の国で、あのような贅沢な暮らしができるはずがない。わたしたちはそのようなことをしない。それをアメリカは数十年の間やってきた。
手口はこうだ。レーガノミックス以来、金利を引き上げ世界中の資本をアメリカに集めアメリカ国民にローンで買い物をさせる。ローンの金利分は税金から控除して、金もない国民に大量消費を煽った。現金で買うよりローンを使うと税金が安くなり得なのだ。金のない国民に住宅を買わせた。それでローンが払えず焦げ付いた不良債権は優良債権の中に混ぜて、あたかも優良債権のように見せかけ、世界中にばらまいた。

さらに、アメリカはグローバル化を進め、世界の国家と企業にこの政策を押し付けた。つまり、経済の世界から国境を取り外させ、自由に資本の移動を可能にした。その結果、金利の高いアメリカにたくさんの資本が集まって来た。このマネーを使ってアメリカの富裕層は贅沢の限りを尽くした。しかし、限界がある。バブル崩壊は予測してきたはずだ。それに備えて、グローバル化を進めてきたのだろう。バブル崩壊のあとしまつは世界中に押し付けた。今、アメリカの借金を世界中の国と、たくさんの人たちが、これを負担している。アメリカがグローバル化を推し進める本当の理由はここにある。
確信犯である。計画的である。

私がグローバル化の実体を警告し続けてきた理由はここにある。
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グローバル化 11

企業の社会化

 グローバル企業が国籍を離れて、国際企業として存在するとなれば、それは新しい企業の形態として、新しいルールが必要になってくる。例えば税金はどこの国に払うのかという会計上の問題や、統治・管理などの問題などである。さらにそれを世界の国々が、特に発展途上国が受け入れるのかどうか重要な課題である。

 グローバル化された企業が社会的存在として認知されるためには、これらの企業が人類の、価値ある財産として人々に受け入れられるかどうかである。地域の市場を独占し、利益を独り占めにするようではとても尊敬される企業として地元に受け入れられないだろう。巨大な企業の進出は、地域の中小企業にとって大変な脅威である。例えば、巨大なショッピングセンターの進出で、地元の商店街が「シャッター通り」になったように気がつけば、地域の文化や伝統も衰退し、全国どこも同じ店舗、同じファッション、同じ文化を押し付けられては地域の独自性など維持できない。そのことがあらゆる産業で、世界的な規模で始まるのがグローバル化である。

グローバル企業は社会的存在となって、真の意味で地域社会に貢献することができるのだろうか。地域の文化や伝統を守り、経済発展を実現する担い手の一翼となれるのだろうか。それが実現できるようならば、そのとき資本主義社会の新しい形態を示すことになる。グローバル企業は資本主義体制そのものを変えていく原動力になる。
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グローバル化 10

日本発のグローバル企業

 日本はいくつかのグローバル企業としてのブランドを持っている。ソニー、松下、トヨタ、日立、ホンダなどいくつもの企業が国際的な市場で活躍している。それらの企業が今、グローバル企業としてさらに飛躍しようとしている。松下はパナソニックと名前を変えて、日本から羽ばたこうとしている。ソニーもパナソニックと共同開発したブルーレイDVDを武器に、国際舞台で活躍を続けるだろう。これらの企業は日本から出て、世界中の市場を目指し活動するわけで、すでに日本の企業ではなく、世界の企業なのである。
 
 落語の枕に「芸人に上手下手は無かりけり。行く先々の水に合わねば。」という一節がある。これからのグローバル企業は「日本の企業」などと悠長なことは言っていられない。それぞれの国の市場に合わせて、変幻自在にその形態を変えて生き残らなければならない。グローバル企業に国籍は要らないのである。

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グローバル化 9

農業

日本の農業は補助金づけにされて、産業として自立できない生業・家業の段階のまま、ついに崩壊寸前のところまで来てしまった。それでも、そのことについて誰も口出しはしない。政治家の与党も野党も、誰も問題にしようとしないで、自給率39%の日本の農業の解体がすすんでいる。

日本の農業の解体を待っていたのは、食品産業を中心とした大資本である。日本の農業の担い手であった農家が、後継者も無く崩壊した後の農業の担い手として、彼らが浮上してくる。グローバル化で農業の自由化は避けられない。現在の体制で日本の農業は守れないし、グローバル化に対応できない。日本では農産物を大量に生産することは難しいが、付加価値の高い、安全な農生産物をつくることは得意なはずである。現在も株式会社による農業経営は一部認められているが、内容は不十分である。はっきり言って、日本の安全で安価な食料の継続的生産が可能ならば、その担い手は誰でも良い。「日本の農家を守るため」というスローガンはもういらないのではないか。日本の農家ではなく、日本の農業を守らなければいけない時期がやってきた。
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グローバル化 8


日本の経済政策

基本的に日本の財政当局は、戦後一貫してケインズ政策を継承してきた。これで戦後の日本の経済繁栄を実現したわけだし、高度経済成長政策に間違えは無かった。だからそれはそれでよいのだが、日本のパートナーであるアメリカは、レーガン時代からケインズ政策をやめて新しい経済政策に移行してしまった。フリードマンやマンデル、ルーカスといった新しいアメリカの経済学者たちによる政策である。以前にも述べたが、それは政府は経済に対して何もしない、できるだけ規制緩和をして市場の自由経済に任せるというやり方だった。だから公共投資などする必要が無いから政府が余計なマネーを持つこともない。だから思い切った減税を行うのだ。

日本は、未だケインズ政策を捨てていない.だから、まだ公共投資などと何の役にも立たない政策にしがみついている。確かに以前は不況期に政府資金で仕事をつくって、マネーをばらまけばそれなりに景気刺激が出来て、効果があった。しかし現在は以前とは状況が違う。情報化が進み、橋も道路も空港も港も必要なくなってしまった。それらは直接新しい経済社会において影響を与えないものになってしまったのだ。インターネットの世界に橋は要らない、ハコモノや高速道路は必要ない。必要なのは光ケーブルなどネットワーク構築のためのインフラであり、ソフト産業への支援である。世界の経済がグローバル化されているのに先進国である日本だけが別の経済政策をとっているのだ。

ケインズ政策にしがみつき、規制緩和を行う、この矛盾した政策のおかげでどれほど多額の日本のマネーが無駄に費やされたのか考えてみてください。
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